本記事では、日本正月協会の核とも言える「基本理念」の作成にあたって、どうしてこれをまとめる必要があったのか?これをまとめてどんないいことがあるのか?といった皆様にとって有益な情報を共有させていただくとともに、そこに至るまでの苦労話をしたためます。
去る2026年5月25日に、日本正月協会の基本理念を公表しました。グランドビジョン「自然への畏敬を土台とする新年祝いの文化を、未来へ発展させること」や、求める人物像「風雪を忍び、今日がある感謝を、共に祝い分かち合える人」がその主な内容です。
以前からこのようなものが必要だとは考えておりましたが、作成には相当の覚悟と時間が必要で、そう簡単にはできませんでした。本記事では、この理念を必要とした背景や、これを公開することで皆様にとってどのような意味があるのかを詳述します。
筆者は、日本正月協会 総理事長の今成優太です。平時は、名前を出さずに協会の公式声明として執筆していることも多いのですが、今回は、名前を公表する必要性を感じ、著者名を公表します。
基本理念の機能①:「四季」によって見えなくなっていたものの可視化
基本理念の一つ目の機能として、「四季」という言葉で一年が語られた結果、見えなくなっていたものを可視化する意味があります。
どういうことかというと、日本の素晴らしさを世界に伝えようとする時、「日本の四季は素晴らしい」と語られることはよくあります。日本の四季折々の変化は、その情緒性や景観の変化を「美しいもの」とした、日本の魅力の一つとして打ち出されることはよくあります。しかし、そこに住まう生活者の目線からすれば、決して「いいもの・いいこと」だけではなく「厳しさ」もあったはずであり、その不遇の歴史が十分に語られないことについては、違和感を覚えます。
この国に厳しい冬がやってきた時、「寒い」「食べ物がない」といった困難さも、同時にやってきたことでしょう。筆者は、お正月の全国の調査活動をする中で、その厳しさを垣間見てきました。その視点を欠いてしまうと、「お正月」という文化の本質は見えづらくなります。この部分は、決して忘れたり、風化させてはならないと考え、「自然への畏敬」や「風雪を忍び」といった言葉に込めました。
例えば、俗説として、おせち料理の海老には、「腰が曲がるまで長生きできるようにとの願いが込められている」と言われます。しかし、それは逆説的に「長生きできなかったことの象徴」として考えることができます。新年を迎えるにあたり、たくさんの縁起の良いものが尊ばれるということは、「いかに縁起が良くない環境を生き抜こうとしたか?」の象徴と見ることができるはずなのです。
基本理念の機能②:お正月の現代的価値の再発掘
こうした考え方は、一見して、今とは切り離された縁遠い過去のお正月の姿を表しているように感じられるかもしれません。しかし、明治以降、近代文明が取り入れられる中で、日本人の自然との向き合い方は、それ以前と大きく様変わりしました。明治以前の日本人にとって、「自然の力は、コントロール不可能なもの」、それが前提でした。しかし、明治以降は、自然をコントロールしようとしてきました。
こうした人々の意識変化が、環境の変化を引き起こし、地球温暖化、気候変動といったコントロール不可能な自然の変化につながってきたと考えますと、「自然とは、コントロール可能なものである」という現代の前提への移行は、果たして我々にとって真に賢明な選択だったと言えるのでしょうか?
元来、正月を迎える喜びは、コントロール不可能だった者を征服し、支配下に納めたことへの、勝者の喜びなどでは決してありませんでした。SDGsが尊ばれ、種々の環境への取組や配慮が求められる時代です。日本人がどのような気持ちで正月を迎えてきたのか、その意味を改めて問い直すべき時代がやってきているとも言えそうです。
基本理念の機能③:内部処理の可視化
二つ目の機能として特徴的なのは、「入力→内部処理→出力」とある中での「内部処理」をハッキリ見せているということです。日本正月協会では、「お正月」という文化をどのように理解し、そこから何を社会へ還元しようとしているのか、その考え方そのものを、できる限り明示したいと考えました。そこで、「正月という入力に対して、日本正月協会がそれを内部でどのように解釈し、処理した結果、どのような出力がもたらされるのか?」という、いわばコンピューターの内部処理を端的に述べている点に特徴があります。
通常、営利目的の企業などは、内部処理を明らかにしません。なぜならば、彼らは、何らかの素材を入力し、内部で処理した結果、何らかの商品やサービスの提供という形での出力をおこないます。内部の処理は、「お金を稼ぐための付加価値を創出するための企業秘密」として扱われます。他人に安易に流用されてしまっては困るので、内部の処理は、外部から見えないようにするのが一般的です。
それと比べ、日本正月協会は、そもそもお金を稼ぐことを主目的としていません。そのため、出力されるものは、お金を稼ぐことを目的としたものではなく、内部処理も、お金を稼ぐことを目的とした付加価値創出ではありません。だからこそ、多くの方にとって、何を目的としているかがよくわからず、内部処理はなおさらわかりづらくなってしまいます。
理念作成の背景①:前提を揃えることの難しさ
営利企業と違い、非営利団体は、前提を揃えることが非常に難しいです。営利目的の企業は、前提として「お金を稼ぐことが目的」という立場で関係者全員が一致しています。なので、「お金を稼ぐ」という目的に対して、最もふさわしい方法をそれぞれの企業が模索し、実践しています。
それと比較した日本正月協会は、業界団体や、会社などの企業ではありません。一般的な伝統文化保存団体のように、伝統や文化の形を継承させるためのものでもありません。では一体何なのか?それがこれまでの活動の中で、皆様に可視化された形で行き届いてきませんでした。
理念作成の背景②:大阪・関西万博という転換点
日本正月協会が、人との関わりを特に強く意識し始めたきっかけとなったのは、大阪・関西万博です。
まず、万博は始まる何年も前から、当協会の参加枠である「TEAM EXPO 2025」の中で、日本正月協会は、ピッチやブース展示などの形で、多くの方々に触れる機会を得ました。そうした中でも、「何かが伝わった」という手応えは十分ではありませんでした。
2025年に万博が終わり、改めてこれまでの活動成果をもとに、軸足を整え、組織として日本正月協会の拡大を目指そうとする中、様々な方との衝突や摩擦が発生してきました。なぜこのようなことが起きたのかを振り返ると、この「基本理念」について認識の共有ができていないことに、一つの大きな原因があると気づかされました。
理念作成の効果①:創立者がいなくても成り立つ組織づくり
続いて、これらを公開することでどんないいことがあるかお話しします。
日本正月協会の代表者たる筆者が作ろうとしているのは、「筆者がいなくても成り立つ組織」です。筆者は、自分の承認欲求を満たすための組織を作りたいのではありません。承認欲求全盛のこの時代において、この温度感は最も伝わりづらいところかもしれません。
どうしてそう考えるかというと、個の崇拝を目的とする文化圏というのは、ある時代の、ある一時期には隆盛を極めることもあります。しかし、その「個」の消失と共に、その文化圏は崩壊します。筆者は、個を中心とした、一時代の文化圏を築こうとはしていません。お正月の文化は誰のものでもありません。筆者の死後も変わらない、普遍的な価値観たる「お正月」の価値を再認識させるための中枢組織が、日本正月協会の目するところです。
そのような目標を前提とした時、筆者以外の人間が協会の代表者を引き継いだことにより、組織の性質が変わってしまっては困ります。そこで、筆者が研究し獲得してきた「正月に対する認識や想い」を、誰にでもインストール可能な状態に一般化して抽出する必要がありました。それは価値観を強制するためではなく、誰が引き継いでも、お正月文化の本質を見失わないためです。
理念作成の効果②:前提が揃う
続いての効果として「前提が揃う」ということが挙げられます。
簡単に言えば、「日本正月協会に関わるみんなの前提がブレにくくなる」という効果があります。そうすることで、組織内外の摩擦や衝突が減ります。明確な判断基準があることで、日本正月協会にとって何が正しくて、何が間違いなのかがハッキリとします。これにより、組織全体の判断がブレなくなるのです。
例えば、協会の関係者がSNSにお雑煮の投稿をしようとした時、そこで何を語るべきなのか?作り方を語ればそれでいいのか?味付けのコツが大事なのか?それを決めるために、何が判断基準となるのか?日本正月協会全体として、これまでそれが不透明でした。ここに判断軸ができたことで、「日本正月協会の関係者ならば、この話を語ることが相応しい」という基準が明確になります。
この基準の公表後、「この地域では、冬の間は〇〇していたので、〇〇をしなければなりませんでした。その結果、〇〇という文化が生まれたのです。」と、誰かが語る姿が、筆者にはハッキリとイメージできます。それは、筆者が代表者を務めている期間中だけではありません。筆者以外が代表者となった時にも、基準となる「基本理念」は変わらず続いていくこととなるでしょう。
理念作成の効果③:組織の内と外との線引き
最後に、これらの基準があることで、何をすべきか?何をすべきでないかの基準が明らかになります。その一方で、グランドビジョンと同時に、「風雪を忍び、今日がある感謝を、共に祝い分かち合える人」という日本正月協会が求める人物像も明らかにしました。
これは物事をわかりやすくすると同時に、心苦しくもありますが、「一緒に活動できない人」の線引きもハッキリとさせてしまいます。今まで言葉にするのが難しかったのは、この部分があるためです。
「何が必要で、何が不必要かがハッキリとしてしまう」ということは、「もし少しでも間違ったことを言ってしまったら、必要な人までいなくなる」そのようなリスクも抱えていました。なので、極めて慎重で丁寧な言葉選びや対応が要求されました。
まとめ:解決手段としての基本理念
この基本理念は、日本人にとってのお正月との関わり方の根源的なものであり、失われてはならない部分です。日本の伝統文化「お正月」の、飾らないすっぴんの姿とも言えます。だからこそ美しく、だからこそそっけないとも感じられるかも知れません。しかし、これまでのお正月にとっても、これからのお正月にとっても、最も大事なものだと筆者は考えます。
ある意味では、この言葉を抽出するところまでが、筆者が日本正月協会の創立者としての使命だったとも言えるかもしれません。「遺言」と言っても過言ではありません。しかし、この言葉が濁らず、他の人にも誠実にインストールできるように全体を整えていくところまでは、筆者の代でなさねばならないことでしょう。
どうぞ関係者の皆様、今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。





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